2007年04月06日

応援

いや、ジーノさんの記事で思いついた応援団の批判だが
ある人の知らせで愛勇会のブログを久々に覗いた。


いやはや、凄い事になっている。
正にファン同士の仲間割れ。それもこれもMPの成績不振
から来ているみたいだが....

元々、このブログ管理人の”館長”さんは情報局掲示板の
IPアドレスが”セーラー広告”となっていたので、
アイランドリーグ株主の会社関係の方だと思われ、リーグや
チームに関する批判は書かれる事が無かったのだが、
今回のコメントの荒れ様を見てどの様な処置をなされるのか
非常に興味が湧く所である。

4月1日の高知市営球場の応援を拝見したので少し述べたい。

>ただ単に目立ちたいからとか、ふざけ半分でとか
自分達の方が一般のファンよりもチームを応援しているとか
そんな自己満足や優越感で応援団しているわけではない
ことだけは解って欲しいと願います。

これは”みかん”さんと言う方(愛勇会の中心的人物?)
のコメントだが、MPに限らず、各県全ての応援団の人達の
言葉を代表しているのかも知れない。

ただ、他の人達が言っている、
本当に応援しているから県外まで行く。とか
観客が少ないから、スタンド近くで応援する。と言うのは
言い過ぎだろう。

県外迄遠征するのは自分が行きたいだけ、
スタンド近くで応援するのは、応援の人数を増やしたい
だけの得手勝手な言い訳である。

まして
>どんなふうに応援したらチームが勝てるか
お客さんに喜んでもらってスタンドが盛り上がるか

これは、最早応援ではない。
応援でチームが勝てるのだったら、練習しないで
応援団を組織すればいいし。
応援団がお客を喜ばす必要性は何処にも無い。
そこに、応援団の昂りがある。

本当に応援するのであれば、一人だけでも声だけ出しておれば
十分その気持ちは選手に伝わる。
それに拍手が伴い、人が集まり拍子をとるようになる。
太鼓や鐘が加わり、賑やかな応援が選手を、より元気付ける。

これが応援(団)である。

実際この間の試合では大差がついているにも拘らず、
2本目の安打が出た時の拍手や、声援には愛勇会応援団の
選手を応援する姿を見せてもらった。

確かに選手を応援している気持ちは、”みかん”さんの
コメントに有るとおりだろう。
しかし、そう感じていない人も多いと言う事である。
その人達の批判を避けるのは難しいのだが、
基本的な部分を解決すれば、ある程度解消出来る。

まず、応援の無理強いをしないようにしなければ成らない。
如何に観客が少なくても、応援団の(鳴り物)の座る場所
は、アルプス側に限るようにして、一般の観客からは
離れるべきである。
ネット裏でやった事があるらしいが、ネット裏は基本的に
”中立”の場所であり、声を出して声援する事も、
禁止されている。(メガホンを叩いて応援している)
これは、投手に対する集中力への配慮であり、同じ場所での
応援者同士の揉め事を防ぐ為でもある。
(隣同士で応援するチームが違っていたら、どういう事に
なるか、考えてみれば直ぐ解る筈である)

アルプス側で好きな物が集まってどんな応援をしようが、
批判されても、個人の自由であるから上手かろうが
下手であろうが、好きにやれば良い。
(雑音にならない程度であれば)

”目立ちたい”と言う気が無いのであれば、
法被の着用は辞めるべきである。あれこそがお祭り騒ぎ、

目立ちたがり屋の象徴であるように思われる。

応援団のユニフォーム代わりかも知れないが、
そこに”応援団”としての自分の姿を誇張したい意図が
見えるのである。
その姿にあこがれる輩が居るから、応援団の本質が
一般の人達に理解されないのだが。

この間の試合愛勇会の応援がFDの応援団に勝っていたとも
劣っていたとも思わない。
選手を応援する気持ちがあれば、同じ事だからである。
戦っているのは選手達で、
応援団の競争をしているわけでは無い。

ただ、FDの応援団を誇りに思う事がある。
それは、FD応援団は応援したい者がその日現場で集合して
試合が終われば解散する事である。
つまり、正式な応援団員と言う者が存在しない。
(現実には、団長以下2名の団員が居るが)

敢えて団員と言うものを募集せず、現場で応援したい人達が
団長のリードで、応援をする。
このスタイルが観客の少ないリーグの試合を気持ち良く
観戦する為のベストだと私は思っている。

元阪急高知ファンクラブの会長の作った”FD娘”と言う
女性ばかりの応援団が一時期単独の応援を試みたが、
直ぐに辞めてしまった。
集まって応援するのを会員が嫌がったからである。

よって、FD応援団は法被を着用していない。
これも気が向けば、応援団席に移動して応援する事を
たやすくさせてくれる要因となっている。
(最近、チアガール姿で応援するオバサン達が出没しているが
あれは、恥ずかしいので辞めてもらいたいのだが)

兎も角、MP応援団、愛勇会の応援は、試合観戦に支障をきたす
程の雑音とは感じないで、見る事は出来た。

それに比べガイナマイツの応援は異常である。
これからOGも強くなるに従って頭に乗ってくるから、
余計煩くなる野は、予想できる。
あれを見に行く位なら、試合観戦は辞めた方が精神的には
救われる気がしてならない。


話は変わるが、ブログ管理人”館長”のコメントに
”荒れた”とあるが、何処が荒れたのだろう。
どうも、反対意見や批判がコメントされると、直ぐに
批判は辞めろとか一生懸命やっているのだからと言う
擁護のコメントが入る。
批判に対するまともなコメントは無い。

教育ママの我が子擁護のコメント程、見ていて笑える物は
無いのだが、その手のコメントは喜んで受け付けておいて
少しの批判は直ぐに”荒らし”である。
誠に仲良しクラブは何処にも存在する。

尤も批判する者が名無しでは、これも単なる陰口にしかならず
何の意味も無い。
これを、2チャンの如く”荒らし”と言うのであれば
”館長”の言うのも納得出来なくは無い。

批判は、匿名でなくせめてHNぐらいはしっかりと
解るようにしなくては、批判の意味が無い。
それと一番気分が悪くなるのは、
”見ていて気分が悪くなりました”と言うコメントを残す
馬鹿な女性達のコメントを見た時である。



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posted by T−Rex at 12:49| Comment(3) | 批判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔から私も思ってたんですが
野球の応援=法被着用
これっていつから始まったんでしょう?
野球の応援で法被を着るのが今だに理解できないし
あれほどカッコ悪い姿はないと思います。

追伸 チアおばはんは私も勘弁していただきたい。
Posted by 梅造 at 2007年04月06日 20:33
ま、応援スタイルは各人それぞれで構わないのですが
肝は、強要されたり、ソレ以外は応援と捕らえない風潮が嫌なんです。
そもそも、コンテンツの選択は個人にあるわけで
その楽しみ方は各々個人にあるのに
やれ、ライト側外野席に座ると、どう。とか
アルプス席では、どう。とか。
しかも、耳障りな鳴り物で野別隈なく騒ぐのに
同調を強いるのは、応援ではなく
単なる独りよがりへの強制にしか思えません。

ただ、声援というのも、観戦のスパイスです。
試合の流れや、選手個々に絶妙な一声には
生観戦の楽しみを感じますから
是非とも、野球を楽しみ試合にのめり込んだ
気の利いた一声を球場で聞きたいものです。
Posted by いぢこ味 at 2007年04月06日 21:14
>梅造さん
法被は、NPB応援団が着ているのを、真似してるだけでしょうが、
背中に文字を入れてるのを見ると、ヤンキーの暴走族が
ハチマキを巻いてる姿にだぶります。

>いぢこ味さん
応援するから、打つ、勝つと考えれる人間が幸せに思えます。
応援と勝利は別物なのに(笑)
Posted by T-Rex at 2007年04月07日 00:36
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