2007年11月21日

高知FD印象に残った選手達  赤井志郎選手

DSC00003~3.bmp
初めてのFD公式戦を見たのは
5月5日春野球場になる。
この日も私達は球場の上にある
サブグラウンドで
試合をしていたので......



試合は既に6回を過ぎていた。香川OG相手に
2−2のまま最終回。
上里田に変わってマウンドに登ったのは
連日新聞を賑わしていた赤井志郎選手。

FDは開幕以来4連勝中、この頃は投手の肩の負担を
考え、継投による戦いが目立っていた。
赤井は既に3セーブを挙げていたが、この日初めての
勝利、セーブの付かない責任ある登板を迎えていた。

上里田の事は後に述べるが、調子の良かった上里田に
変えて迄、登板さすのは余程の信頼があったのだろう。

誠に綺麗なフォームから投じられる球は、低めにコントロール
され、ブレーキの効いた変化球は、流石3セーブを挙げた
クローザーの姿を見せつけていた。
とりわけ、腕の振りの速さが目に付く。

細身の体から繰り出されるキレの良い球はいとも簡単に
試合を終わらせる予感がした。

ところが、何故か初球が真ん中に入り走者を背負ってしまう、
今迄見た事がないシーンに、戸惑いを見せるファン達。
FD初めての負け試合は、あっけなくサヨナラと言う形で
幕を閉じた、初めての負けは、赤井の一敗と言う事になった。

しかし、この敗戦等関係無い様に、このシーズンFDの要として
リーグセーブ王を獲得、
”レッドストッパー赤井”の名前は不動の物となる。

彼とオフにジックリと話した事がある。
後半の優勝争いの時、彼の腕は悲鳴を上げていた。
(彼だけでなく、投手全員だったが)
とりわけ、鍛えているとは言っても、投手陣では華奢な
体つきをしている彼の体では、初めての90試合の
リーグ戦には、無理があったのだろう。

来季先発に回りたいとの話を聞いた時、決して無理を
しないようにと、アドバイスしたのだが、
昨季開幕と同時に見た彼は、既に自信に満ち溢れていた
嘗ての面影を残してはいなかった。

ブルペンで見る姿は、余りにも痛々しく、まるで少年の様な
顔は不安で一杯で、スピードの無くなった球は、
頼りなくミットに吸い込まれてゆく。
崩れたフォームで、無理やり振り下ろす右腕は、
既に伸びきって、空を切るだけになっていた。

どう言う事情があったのか、知る由もないが、あれ程の
素材が、たった一つの故障で、あれ程迄変わってしまう
スポーツの厳しさを思い知らされた。

FDの中にあって、光り輝いた時期と、去っていく時の差が
これ程大きかった選手は他に思いつかない。
彼にとって、FDで過ごした2年間は一体どんな意味を
持つのだろうか。

多くの選手がFDを含めたILから去って行った、しかし
NPBへの夢は叶わないまでも、それなりに得る物を得て
去った筈である。
彼等にとっては、良き思い出、苦い思い出様々だろう、
しかしこれからの、野球人生において何かの役に立つ
時間であったに違いない。

しかし、赤井にとってのILはどう考えても、これからの
彼にとってプラスになったとは思えないのである。

出気得れば、何時の日か何処かのグラウンドのマウンド上で
少年の様な笑顔を見せて投げている彼を見たいものである。

たとえ、それが草野球でも良いから。



   (2007年3月の記事です)



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posted by T−Rex at 00:00| Comment(0) | 選手のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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