2007年02月20日

高知FD印象に残った選手達

四国ILが発足してあっという間の2年が過ぎた。
私にとって、ILは忘れる事が出来ない程の多くの
思い出を残してくれた。

およそ、後一月で3年目のシーズンが始まる、
それまでの間、過去印象に残ったFDの選手達の
記憶をたどってみたい。

息子の関係から、2005年5月中旬から、選手達の練習を見学、
前期(高知開幕を含む5試合)前期後半(7試合)、
後期の試合(54試合)は一試合も逃さず観戦した。
およそ、66試合FD選手達の全投球、全打席を見てきた。

その間休日以外は、ほぼ毎日練習見学に通い
(雨天練習場は行かなかったが)
11月の四銀グラウンド最終練習迄、選手達を観察出来た。
昨年はおよそ10試合ほどしか見れなかったので、
2期生については、余り言及できないが....。

ワザワザ、高知まで夢を追いかけて来た選手達の
印象に残る出来事や、人となりを思い出していくのだが、
およそ2年前のことなので、記憶違いがあるかもしれないが
そこら辺は、ご容赦願いたい。

石毛代表の発案による四国ILは、2004年秋、各地の
トライアウト開始で幕を開けた。

息子も参加したかった様だが、オリーブ球場のトライアウト
当日、私達は宮城仙台球場最終日のグランドにいた。
(新スポ連、結果は準決敗退)


そのまま2004年は暮れていった。

そして、九州で行なわれたIL2次トライアウトの日も、
やはり鳴門球場で高松宮杯の全国大会を目指し、
四国予選を戦っていた。(優勝、軟連京都大会出場獲得)

そんな訳で、非常に興味を持ったILは初年度は
私達には、未だ地元に出来たプロ球団程度の物であった。
地元選手がいないのを知り、来季トライアウトを受けたい
と言う気持ちを言い出せない息子、
受けさせてやりたいが、兄2人やチームメイトの事を
考えれば、抜けさしたくない私。

2005年春、京都での全国大会を前に、
東部球場でFDとJR北海道との試合があると聞き
春野球場での試合を終え、急いで車をとばした。

東部球場のスタンドから見るFDの選手達は、
僅か100人足らずの観客の声援を受け、練習着のまま、
背番号も無い状態で、試合をしていた。

誰が誰だか解らない、初めて見るFD選手達は、
3回を終わって無得点、心なしか、ひ弱な印象を受ける。

笑いながら、楽しげにプレイしているのは、ユニフォーム姿の
相手チーム。バックネット裏で記録を取る、JRの投手が
馬鹿にしたような笑い声で、話している。

やはり、この程度なのか?

そう思った時、ひときわ背の高い打者が、他の打者とは
違う高価そうなバットを抱えて、ネキストバッターサークル
に入って来た。


                次回、山本健士選手へ...



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posted by T−Rex at 11:28| Comment(0) | 選手のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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