2008年08月31日

神の存在

神様仏様....嬉しい時、悲しい時世界中の人々が
必ず口にする言葉。


「戦争責任」とか「愛」とか小難しい話が続いたが
その締め括りとして、神の存在と宗教について少し述べたい。

0神の存在
繰り返すが人間は「利己的」な生き物である。
言い換えれば自分の都合のいいように物事を考える。

集団の中で地位や権力が出来ると、自然とその発言には責任が
生まれ人々を納得させる義務が生じてくる。
しかし、この世には如何なる知能を擁する人物でも
解明出来ない事柄が多く存在しているが、人の上に立つ者として
他の人々を納得させる事が出来ないと自分の立場は危うい
ものとなる。

その立場を守る為に、「利己的」な考えを持つ指導者が
自分の「無知」を隠し、その責任を擦り付けたのが
「神」である。


そもそも「神」とは古代の人々の「感謝」を表す対象であり、
「自然」であった。それがやがて「太陽」に象徴され
「太陽神」となった。

人々に感謝され崇められる「太陽神」の威厳を利用したのが
古代の支配者、王達である。
「神の生まれ変わり」となる「人神一体思想」は権力者の
都合のいい作り話であるが、これが現代まで延々と続いている。


「神」は「全能」であり、権力者の知らない事や権力者に頼っても
どうにもならない事は全て「神ならば」と言う「言い訳」に
使われた。

つまり権力者、支配者にとって「神」の存在は自分達にとって
都合の悪い事を全て片付けてくれる「架空の存在」であった。


0イエズス会

これを最も悪用したのが「キリスト教」である。
言っておくがキリスト自身には何の罪も無い、彼は生涯人々に
ゼウス「神」の存在を伝え、「理性」を説いただけである。

(同じ様な行動をとった者にムハマド、仏陀がいる。

この「神」の存在を知らせ「人間の持つべき理性」を考えるのが
「宗教」(仏教用語で各宗派の教え)である。


キリスト教をダメにしたのが、彼の死後彼の思想を受け継いだ
ペテロやパウロであり、キリストの教えを悪用した教会の指導者
達である。

彼等は人間であるキリストを「神格化」させる為実母のマリアを
処女受胎させて、キリストを誕生させた。
当時鍛冶屋をしていた夫を持つマリアがキリストが出来るまで
処女であった等という馬鹿げた話を信じている人は気の毒である。


その後磔になったキリストが復活する話も笑える。
一度死んだ人間が生き返る(復活する)のも笑えるが、
何処を探しても、生き返ったキリストが2度目に死んだと言う記録は
出てこない(笑)

こんなデタラメな話を「信じる者は救われる」と言われて
簡単に信じてしまうのは、UFOの存在を信じるより難しい
のだが....

このキリスト教が得意とするのが「愛」であり、「愛せよ」
「信じよ」と言って人々を殺戮し、世界に君臨したのである。
そして都合の悪い事、説明が付かない事は「神のみぞ知る」であり
何事か都合の良いことが起これば「神のおぼし召し」と
キリストを褒め称えた。

こんな嘘ばかりを集めた宗教が、全世界の中心に座っている事が
人間の集団心理「みんなでやれば恐くない」の現れであり
宗教をファッション化する源となっている。


現在の宗教団体はキリスト教と同じくアッラーを基礎とする
ユダヤ教からムハマドが興したマホメッド教、ヒンドー教から
仏陀が興した仏教が特に有名である。

マホメッド教(イスラム教)は、ユダヤ教同様ムハマドの教えよりも、
古来の「太陽神」崇拝で「神」の存在を最も感じる。

仏教は「神」から「仏陀」の「ほとけ」に変わり、呼び方が
変わったが、「仏陀」の教えが「人間の理性」を深く追求している。

0仏陀(釈迦)の教え
その思想は他の、どんな宗教よりも奥が深く人間の本質を探る。
それ故数え切れない程の偉人、後継者を生み出し、無限に広がる
哲学的思考は類をみない。
基本となる「慈悲」「慈愛」の心、は「感謝と哀れみ」であり、
それを象徴する様に他の宗教と大きく異なる部分を持つ、
それは「寺」(墓)を持ち人間のルーツを尊重している所である。
(墓はどの宗教もあるが、代々一族のルーツをまとめた集合型
 墓所を持つのは仏教徒と古代エジプトの王家だけである、又
 日本神道も同じ形式の墓所を持つが、象徴とする神社とは、
 別の場所に存在する)

仏教は単なる一個人のあり方ではなく、
個人を中心とした全ての人間の関わりを如何に繋ぐかと言う
教えであって、その為に個人が如何なる思考と行動を
とらなければならないか?
つまり、世界平和を実現する為の、私達一個人の取るべき姿を
(これを悟りと言う)教えているのである。


ちなみに、祖先を祭る慣習は仏教と日本における一時期の
「神仏混交」による日本神道以外には無い。
宗教思想とは関係なく、この慣習が広がったのは良い事であろう。

嘘から始まったキリスト教とは大きく違うのだが、残念ながら
多くの偉人達を輩出した反面、「利己的」な指導者も
出てきて「自分達だけ」利を得ようとする宗派も存在している。

私の家は代々神職であり、私は13代目にあたる。
日本神道はマホメット教と同じく「太陽神」(天照皇大神)
崇拝であり、本来の「神様仏様」で、
感謝とお願いの神を祭る宗教である。

これは天皇家を頂点とする日本国民全体の催事を司るだけ(笑)

その道を極めれば凄い事なのだが、私は宗教家としての自分を
考える事が出来なかった(笑)

つまり、当時は宗教よりもベトナム戦争、ロバートキャパの
写真の方に関心があったのである。

その後の人生の中で、度々人間の中の宗教と言う物について
考える事があったが、結局の所「神」の存在は、
一般庶民にとっては心の拠り所だが、その存在を利用する
宗教家にとっては一般庶民を欺く一つの道具でしかない
と思えるのである。


最後に、私達人間だけが言葉と文字で自分の意思を第三者に
伝える事ができる。

言葉や文字は意思の伝達をスムーズにするが、得てして
その伝え方であらぬ誤解を受ける事がある。
又、巧みな言葉や文字で本人の意思を隠す事も可能である。

本来「愛」や「哀れみ」は言葉で現すものではなく、
体で感じ合うもの。


私達の言葉や文字に込められた本来の意思を感じ取らなければ
本当の触れ合いは生まれては来ないだろう。



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posted by T−Rex at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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